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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)3332号 判決 1964年6月29日

原告 松岡喜美

被告 三井物産株式会社

主文

被告は原告に対し金八六八、六七四円及び内金三五七、四八〇円に対する昭和三五年一一月二〇日から昭和三七年一月二七日まで、内金五一一、一九四円に対する昭和三六年一月一日から昭和三七年一月二七日まで、各年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

第一、双方の求めた裁判

原告「被告は原告に対し金八六八、六七四円及び内金三五七、四八〇円に対する昭和三五年一一月二〇日以降、内金五一一、一九四円に対する昭和三六年一月一日以降、完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

被告 請求棄却の判決

第二、請求の原因

一、被告は訴外松栄紡織株式会社にあて左記約束手形二通(以下本件各手形という)を振り出した。

(1)  金額三五七、四八〇円、満期昭和三五年一一月一九日、支払地振出地ともに名古屋市、支払場所株式会社富士銀行名古屋支店、振出日同年七月二六日、振出人被告会社名古屋支店支店次長関根鉄夫、受取人松栄紡織株式会社

(2) 金額五一一、一九四円、満期昭和三五年一二月三一日、支払場所株式会社東海銀行本店営業部、振出日同年九月八日、振出人被告社名古屋支店支店長添田伝吉、支払地振出地受取人右(1) の手形に同じ。

二、右訴外会社は本件各手形を訴外株式会社八十二銀行で割り引き、これを同銀行に裏書譲渡したが、同銀行において各満期に支払場所に支払のため呈示したところ、いずれもその支払を拒絶された。(右裏書譲渡の日は、(1) の手形は昭和三五年七月二八日、(2) の手形は同年九月一〇日である。)

三、そこで、被告は右銀行に対し本件各手形金の支払義務を負うに至つたが、原告は昭和三七年一月二七日振出人たる被告及び裏書人たる松栄紡織株式会社のため本件各手形金合計八六八、六七四円及び各満期以降同日までの利息金を右銀行に弁済した。

四、原告は昭和三五年七月七日、松栄紡織が八十二銀行から手形割引を受けるにつき松栄紡織が割引手形の裏書人として負担する支払担保義務(買戻義務を含む)並びに振出人の支払義務を担保するため、右銀行に対し原告の右銀行に対する通知預金請求権の上に質権を設定していたものであるから(右質権設定は同日第三債務者であるととに質権者である同銀行に対し担保差入証書を以て通知した)、右弁済をなすにつき正当の利益を有していた者である。仮りに原告が被告に対する関係において弁済をなすにつき正当の利益を有していないとするも、原告は右弁済と同時に債権者である右銀行の承諾を得てこれに代位したものである。

五、原告は、右弁済をなすと同時に右銀行から本件各手形の引渡を受け、現にこれを所持する。なお右銀行は原告から弁済を受けた昭和三七年一月二七日、原告より代位弁済を受けた旨を同日付内容証明郵便を以て被告会社(名古屋支店)宛て通知し、右郵便はその頃被告会社(名古屋支店)に到違した。

六、したがつて右銀行の被告に対する本件各手形金請求権は右代位弁済により法律上当然に原告に移転したものである。

七、仮りに、右代位弁済による権利の移転が認められないとしても、原告は前記弁済をした昭和三七年一月二七日右銀行から本件各手形金債権の譲渡並びに本件各手形の引渡を受け、右銀行は同日付内容証明郵便をもつて被告会社(名古屋支店)に対し債権、譲渡の通知をし右郵便はその頃被告会社(名古屋支店)に到達したものであるから、原告は被告に対し本件各手形金の請求権を有するものである。

八、よつて、原告は被告に対し前記(1) および(2) の約束手形金ならびにこれに対する各満期の翌日以降完済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

第三、請求原因の認否

一および二は認める。三および四は不知(法律上の主張は争う。)五の前段は不知、後段の内容証明郵便の到達は認める。六は争う。七のうち内容証明郵便の到達は認めるが、その余は否認する。該内容証明郵便が債権譲渡の通知であることも否認する。

第四、被告の主張と抗弁

一、手形上の権利の移転には原則として裏書交付が必要である。例外として、相続、会社の合併等の包括承継あるいは競売、転付等強制執行手続の場合は裏書を必要としないものとされ、また指名債権譲渡の方式によつても移転できるものとされているが、本件のような代位弁済の場合は右例外的事由たる包括承継の原因でもなく、また競売、転付のような手形債権自体に対する処分手続とも異なるから、代位弁済者たる原告が本件各手形上の権利の取得を主張し、振出人たる被告に対して手形金の支払を請求するためには、八十二銀行から手形の裏書譲渡を受けるか、あるいは指名債権譲渡の方式が履践されていなければならない。しかるに、本件においては、そのいずれの方式も履践されていないから、原告は本件各手形上の権利を取得していないものであり、被告に対し本件各手形金の請求をなし得ない。

二、また、弁済によつて債権者に代位した者の代位の及ぶ範囲は、「求償をなすことを得べき範囲」に限られるところ(民法五〇一条)、原告は松栄紡織と八十二銀行間の手形割引のため担保を提供した物上保証人であるから、原告の取得する求償権の範囲は主たる債務者である松栄紡織に対するもののみに限られ(民法三五一条、四五九条)、手形振出人たる被告に対しては求償権を取得するに由なきものといわねばならない。したがつて、被告に対し求償権を取得したことを前提とする原告の本訴請求は理由がない。

三、(悪意の抗弁)

被告は松栄紡織が振り出した別紙手形目録<省略>記載の約束手形八通(合計金額一、八五二、二〇五円)を現に所持するものであつて、松栄紡織に対し右各手形債権を有する。訴外八十二銀行は右事実を知り、このため本件各手形については満期において被告より相殺の意思表示をなすことは確実であるとの認識を有しながら割引に応じて松栄紡織から裏書譲渡を受けたものであり、また原告は松栄紡織の大株主にして実権者である元代表取締役松岡清次郎の娘で、かつ清次郎の次に同会社を実質的に代表していた常務取締役松岡歳次の妻である関係上、右人的抗弁理由を充分認識し、自己が本件各手形を取得すれば被告よりの相殺の対抗が妨げられ、被告の利益が害されることを知りながら本件各手形を取得したものである。したがつて被告は原告に対し右人的抗弁を以て対抗することができる。よつて被告は本件口頭弁論において(昭和三七年一〇月三日の本件第五回口頭弁論期日において)、原告に対し別紙手形目録記載の手形に基づく債権をもつて原告主張の本件各手形債権と対等額で相殺する旨の意思表示をする。

第五、抗弁の認否

原告が訴外松岡清次郎の娘であり、訴外松岡武次の妻であること、清次郎がもと松栄紡織の代表取締役であつたことおよび右武次が松栄紡織の常務取締役であることは認める。被告主張の松栄紡織に対する手形債権の存在は不知、その余の主張事実は否認する。

第六、証拠<省略>

理由

一、被告が訴外松栄紡織株式会社にあて本件各手形を振り出したこと、右訴外会社が本件各手形を訴外八十二銀行で割引を受け、これを同銀行に裏書譲渡したこと、同銀行が各満期に支払場所に本件各手形を支払のため呈示したが、いずれも支払を拒絶されたことは当事者間に争がない。右の事実によれば、被告は本件各手形の振出人として訴外八十二銀行に対し本件各手形金及び右各手形金に対する各満期以降完済まで手形法所定の年六分の割合による利息を支払うべき義務を負担したものといわなければならない。

二、成立に争のない甲第一、第二号証の各一および二、証人細川基の証言より成立を認め得る甲第四号証の一、二の各記載、証人細川基、松岡清次郎の各証言を綜合すると、原告は昭和三五年七月七日、松栄紡織が八十二銀行から手形割引、貸付を受けることにより同銀行に負担すべき債務につき金二〇〇万円を限度として担保するため、原告の右銀行に対する通知預金債権二〇〇万円の上に右銀行のため質権の設定をしたこと、ところが松栄紡織が手形割引により八十二銀行に裏書譲渡した本件各手形が前記の如くいずれも不渡になつたため、右銀行は原告に対し本件各手形金の支払を要求するに至つたこと、そこで原告は本件各手形金を右銀行に支払つた暁には、その振出人たる被告に対し本件各手形金の請求をなし得るような方法でその弁済をしたい旨右銀行と交渉したところ、右銀行においてもこれを承諾したので、原告は昭和三七年一月二七日右銀行に対し本件各手形金全額(延滞割引料を含め合計金八九四、七四六円)の弁済をなし、右銀行から本件各手形の引渡を受け現にこれを所持すること、を認めるに足り、右認定を左右するに足る証拠はない。そして八十二銀行が、原告から弁済を受けた昭和三七年一月二七日、原告から本件各手形金の代位弁済を受けた旨を同日付内容証明郵便をもつて被告会社(名古屋支店)宛て通知し、右郵便がその頃被告会社(名古屋支店)に到達したことは、当事者間に争がない。

右の事実によれば、原告は八十二銀行の承諾を得て被告の右銀行に対する本件各手形債務を代位弁済したものと認めるのが相当であり、原告が右銀行から本件各手形の引渡を受けたものであるから、八十二銀行の被告に対する本件各手形上の権利は、これにより法律上当然に原告に移転したものというべきである。

三、被告は代位弁済者たる原告が本件各手形上の権利を主張し、振出人たる被告に対して手形金の支払を請求するためには、八十二銀行から手形の裏書交付を受けるか又は指名債権譲渡の方式が履践されていなければならないと主張するが、原告が被告のため代位弁済をし手形の引渡を受けた以上、八十二銀行の被告に対する本件各手形上の権利は法律上当然に原告に移転するものと解するのが相当であり、被告主張のような特段の権利移転行為を要しないとなすべきである。また被告は、原告は被告に対し何らの求償権を取得しないと主張するけれども、原告が八十二銀行に対し本件各手形金を弁済したのは前記認定の如く本件各手形の振出人たる被告に代つてなしたものであるから、右弁済により被告に対し事務管理の費用の償還請求(民法第七〇二条)として求償権を取得したことは明らかであり、被告の右主張も理由がない。

四、次に、被告主張の悪意の抗弁について判断する。

証人旦野好一の証言および同証言により成立を認め得る乙第一ないし第八号証によれば、松栄紡織は被告にあて別紙目録記載の約束手形八通を振り出し、被告が現にこれを所持していることが認められ、八十二銀行が松栄紡織から本件(1) の手形を昭和三五年七月二八日、(2) の手形を同年九月一〇日、それぞれ裏書譲渡を受けたことは当事者間に争がないから、八十二銀行が(1) の手形を取得した当時には右目録記載1ないし3の各手形が、(2) の手形を取得した当時には更に右目録記載4および5の各手形が、被告にあて振り出されていたことが明らかである。しかし、八十二銀行が被告の訴外松栄紡織に対する被告主張のような人的抗弁事由を知り且つ被告を害することを知りながら、本件各手形を取得したことについては、これを認めるに足る証拠はない。(前記乙第一ないし第八号証によると、被告が松栄紡織から振出を受けた前記約束手形八通の支払場所はいずれも株式会社八十二銀行本町支店と記載されていることが認められるけれども、右手形八通の満期はいずれも八十二銀行が本件各手形の裏書譲渡を受けた日よりも後になつているから、右銀行は本件各手形取得の際、被告主張の右手形八通の支払拒絶の事実を知り得ることはなかつたと認められる。)したがつて被告は八十二銀行に対し被告主張のような人的抗弁を以て対抗し得ないのであるから、代位弁済により右銀行の被告に対する本件各手形上の権利の移転を受けた原告に対しても、被告は右の人的抗弁をもつて対抗することができないというべく、右人的抗弁を原告に対して対抗できることを前提とする被告の相殺の抗弁も理由がなく、採用することができない。

五、以上認定したところによれば、原告は代位弁済により、訴外八十二銀行に支払つた本件各手形金及び右各手形金に対する各満期以降代位弁済の日である昭和三七年一月二七日までの手形法所定の年六分の割合による利息金につき、被告に対し求償権を取得したことが明らかであるから、原告は右求償権の範囲内において被告に対し本件各手形上の権利を行使し得るものとなすべく、したがつて被告は原告に対し本件各手形金及びこれに対する各満期の日から昭和三七年一月二七日までの手形法所定の年六分の割合による利息を支払うべき義務があるというべきである。(原告は右求償債権に対する遅延損害金につき請求していない。)

それなら、原告の本訴請求は被告に対し右の義務の履行を求める限度において正当として認容すべきも、その余の請求は失当として棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 兼築義春)

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